ギとギーの狭間

- モーパッサンの名前の表記についての独り言

Sur la transcription en japonais du nom de Maupassant



ギィ少年、10歳  ギョエテとはおれのことかとゲーテいい

 と、そんな川柳があったと記憶するけれど、西洋人の名前を日本語で表記するにあたっては、常に些細にして難しい問題が生ずるものである。
 Guy de Maupassant(正式には Henri René Albert と頭につく。一応の貴族らしい)の名前も例外ではない。ギなのかギィなのか、はたまたギーこそが正しいのか。

 当サイトは「ギ」を原則採用しているが、(実は)確乎たる理由があるわけではない。「ギ・ド・モーパッサン」と書けば格好はつくが、実際のところ名前であるのだから、「ギ!」と呼びかけたりするのはおかしいだろう。名前らしくないのである。
 昔の人はよく「ギイ」と記した。悪くはないのだが、これだと二音節になってしまい、「イ」が強調されてしまってやや不自然。そこで「ギィ」と書く場合もあるのだが、しかしこれ、どう発音していいのか、実のところよく分からない、ような気がする。(右画像はギ(ィ)少年、10歳の頃。)
 (恐らく)戦後以降、「ギー」と伸ばして書くようになったのは従って妥当な選択だろう。「ギー!」は呼びかけとしてもそんなにおかしくない。でもなんだか間延びした感じがしないでもない。ちなみに言えば、フランス語には原則として長音は無い、ということになっている。実際の発音ではもちろんそういうこともないのだけれど。出来れば「ギ-」とでも書きたいところだろうか・・・。やっぱり変だな。

 ちなみに、gui と書くとこれは「ヤドリギ」のことで、ゴール人はこれを神木とした、と辞書にある。昔の聖人にも Gui 様や Guy 様がおられたので、名前の由来はとっても古い。付け加えておくと、モーパッサンの父は Gustave(ギュスターヴ)、弟は Hervé(エルヴェ)といいました。お母さんは Laure(ロール)です。

 さて苗字はどうかというと、実はこちらの方こそややこしい。芥川はいつも「モオパスサン」と記した。明治以降の翻訳を見ると、「モウパスサン」「モオパスサン」「モオパッサン」と色々ある。auは原則的に「オ」の音なので、「モウ」はやっぱりおかしい。旧かな時代には促音を「ス」で記したのは自然なことだったのかとは思う。「モウパツサン」では間抜けているからね。稀に「マウパスサン」と記したのもあったが、これは訳者が明らかに英語読みしたものだろう。
 長音は無いのなら、本当は「モパッサン」であるべきなのだろうか。見慣れないのでいかにも不細工だけれども。実際のところは、アクセントは語頭に置かれることから、「モー」とやや伸ばして発音する方が発音しやすく、フランス人としても普通のような気はする。出来ればここも「モ-」というところだろうか。結局、こちらは現在統一された「モーパッサン」が最適であるのは確かだろう。
 最適ではあるが完璧ではない。改めて考えてみると Guy de Maupassant とギー・ド・モーパッサンが同じ人物を指しているというのも、不思議というか奇妙というか、変なものである。ついでに言えば de の表記も曖昧で、「ドゥ」と記したい気がすることもある。どちらがより近似しているか、所詮感覚の問題なので実に難しい。

 と、名前の表記に関して日頃思っていたことを記してみた。翻訳とは近似点を求める行為であるから限界はいつもある。あまり拘っても意味はないのだけれど、それにしてもいまだに「ギ」と書くか「ギィ」か「ギー」なのか、その都度迷ってしまうのには困ったものだ。そう言えば「フロベール」か「フローベール」かもいまだ決着を見ていない難問のようだ。「ゾラ」の簡潔さに、ふと羨望のようなものを覚えることもある、今日この頃である。
(08/06/2006)




Ce site vous présente les informations essentielles (en japonais !)
pour approfondir vos connaissances sur Guy de Maupassant ; biographie, listes des œuvres, bibliographie et liens utiles, etc.

En même temps, nous vous présentons la traduction en japonais des œuvres de Maupassant, théâtre, poèmes, chroniques, et bien sûr, contes et nouvelles !


© Kazuhiko ADACHI