モーパッサン 『稽古』

Une répétition, 1880



(*翻訳者 足立 和彦)

『稽古』冒頭 解説 1875年末から76年頭にかけて執筆された一幕韻文喜劇。76年、ボードヴィル座に提出するも「繊細過すぎる」という理由で拒絶された。
 1880年、出版社トレスが毎年刊行する『寸劇と独白』 Saynètes et monologues 第6集に掲載される。
 デトゥルネル夫人と青年ルネが芝居の稽古をしているが、ルネは夫人への思いを打ち明ける……。
 本作についてのより詳しい解説は「『稽古』について」をご覧頂きたい。


***** ***** ***** *****

稽古

一幕韻文喜劇

登場人物
デトゥルネル氏 55歳
デトゥルネル夫人 25歳
ルネ・ラピエール 25歳


客間。正面と右手に扉。デトゥルネル夫人、ワットー風の羊飼い娘の扮装、鏡の前で髪型を整える。

一場
デトゥルネル氏、フロックコートを着て出かけるところ、右手の扉から入って来て、妻の姿に驚いて立ち止まる。

デトゥルネル氏
奥様、その仮装は一体何でしょうな?
分かりましたよ! 何か判じものでも演じるんですな!

デトゥルネル夫人
おっしゃる通りですわ、あなた。

デトゥルネル氏
                衣装は魅力的。
そんな格好のあたなはとても可愛らしい。

デトゥルネル夫人
まあ! お世辞ですの?……でも私はあなたの妻ですのよ、
何になりますの?

デトゥルネル氏
         そのお言葉は残酷ですなあ、奥様。
私は単純な真実を述べたまでで、それが私の義務というものです、
男として、夫としての。

デトゥルネル夫人
            それはどうも。

デトゥルネル氏
                   どんな主題について、
私の妻は女優となり、
恐らくは詩人ともなり、どこかの有名な作家の協力者となるのか、
教えてもらえますかな? 今日まで芸術が
あなたの関心の種になるなど、知りませんでしたな。
これは失礼。それで判じものとは?

デトゥルネル夫人
                 喜劇ですわ。

デトゥルネル氏
ブラヴォー! それであなたはターリーの靴を履くのですな?
それでは、あまり不躾でないようなら、
主題を教えて頂くようにお願いできますかな?

デトゥルネル夫人
牧歌ですわ。

デトゥルネル氏
      完璧だ! 田園詩とはね!
それであなたは、音楽付きか、無しかのどちらを選んだ?

デトゥルネル夫人
無しです。

デトゥルネル氏
      残念!

デトゥルネル夫人
          よろしければ、どうしてですの?

デトゥルネル氏
少なくとも私の意見では、より完全となったでしょうからな。
私はとっても牧歌的でしてね。草の上での
フルートの小さな調べは、素晴らしい効果を生みますよ。
それに、本当の羊飼いは、楡の木の下に寝そべって、
いつでも葦笛でもって、愛を歌うものです。
それがどんな田園詩にも、必須の伴奏なんですな。
その慣例は、優しげなヴェルギリウス以来続いているのです。

デトゥルネル夫人、皮肉に
あなたが、そんなにも才気煥発な方とは知りませんでしたわ。
今晩まで、自分の夫が分かっていなかったのね。
今、あなたに一つ、役を演じてほしいと思いますわ。
ポンパドゥール侯爵の格好をすれば、あなたは本当に……滑稽ですわ。

デトゥルネル氏、少し傷ついて
奥様、まったくその通りですぞ。何も知らないものを、
誰がうまく演じることができましょうかな?

デトゥルネル夫人
こうした喜劇に、あなたはいたくご不満なのね?

デトゥルネル氏
確かに。アルカディアの羊飼いたちは好きではないですな!
それに、各自、それぞれの仕事を任せるべきでしょう。
誰でも、なるほど、門番にはなれる。
だが役者は……おお、それは無理です! そういう訳にはいかない。
どんな風に人が笑い、歩き、しゃべるのか、あなたはご存知ない、
偶然にも、目の前に大勢の人がいる時にですな。
素晴らしいあなたの自然さも、劣ったものとなるのです。

デトゥルネル夫人、神経質に
そんな古い決まり文句は、昔から知っていますの。

デトゥルネル氏、衒学ぶって
客間での真実は、舞台の上では嘘になる、
そして舞台での真実は、客間では嘘になる!
女優は、社交界では、しばしば調子外れなもの、
その点では同意しますが、しかし、あなたが彼女の立場に立てば、
あなたの大変優しい微笑も、しかめっ面のように見えるのですぞ。

デトゥルネル夫人、冷淡に
そしてあなたの親切なご忠告は、不適切のようですわ。
もうお仕舞い?

デトゥルネル氏
        いや。まだですな。――今時、
あなた方の客間芝居は、嘘まみれで、気取っていて、
神経に障る上に、不愉快でさえあります。
それが私の感情ですな。どこかの男が、
髪を縮れさせ、口をすぼめて、杭のように突っ立って、
月並みの甘い言葉を、不器用に唱える、
そうした雅さ向けに、彼が天に作られている様は、
愛の歌を歌うために、ロバが作られているようなもの。
朝には商人、夜には吟遊詩人、
ラシャや布地の値段を計算しながら、
星に向かってうっとりと一節を繰り返し、
少しばかり軽やかに、勘定場を離れては、
杖を手に取り、羊飼いになる、
朝には馬鹿者、夜には知ったかぶり、
その笑いは愚かしく、優美さときたら気味が悪い!
おまけに、あなたが、何かおかしな小品を選び、
でしゃばることなく、面白いものであったならね!
反対に牧歌をお選びとは!……それでどんな演出ですかな?
曲がりくねったセーヌの傍の、花盛りの牧場でしょう。
客間が、新鮮で魅惑的な田舎を表すという訳。
本当らしく見せるために、花束を置いてみる。
右手には、羊飼いの姿をした奥方。
羊歯の葉を摘み取りながら、耳を傾ける相手は、
衣装を着た殿方。ちょっとした侯爵様だ。
優美な薔薇色の服を重たげに着て、
身を屈め、手には杖を持っていて、
大変愚かしげな様子で、それを奥方に差し出す。
――散らばった三脚の腰掛けが羊のつもりという訳だ。――
全てが偽り、装飾も、人も衣装も、
そうでしょう?……結局、この馬鹿な男が、気取って歩き、
あなたの手に口づけするに違いない、頬にではない時にはね。
そして彼の高慢さが、この愛情に掻き立てられ、
他のことも自由に出来ると思い上がる。
それから長い間の向かい合わせ、そこで愛情を装って、
貞淑な女性が、愛人の役を演じる……
(彼はためらい、言うべき言葉を探す。)
家の者たちに対して、悪い見本となるでしょうな。

デトゥルネル夫人、大変に傷つけられて
本当ですわ! そんな理屈を思ってもみませんでした!
けれど、私は従順な女性でいたいと思うし、
ロザリーや、あなたの御者の目に、
私の貞節の評判に、傷がつくのなんて嫌ですから、
演じるのはやめにしますわ。

デトゥルネル氏、肩をすくめて
         おやおや! どうして気を悪くしたんですかな?

デトゥルネル夫人、憤慨して声を震わせて
ただ、今からの差し向かいに怖くなったからですわ!
私について誰も何も言ったことがない、それを誇りに思っていたの!
考えてみてちょうだい、もしも御者が、召使から聞いて
若い男が私の足元に跪いて、私に愛について語り、
粉をはたいた鬘をかぶっていたと知ったら、
噂はそこら中に広まるでしょう。
郵便配達人は、毎日郵便を配りながら、
その噂を、近所の戸口に届けるでしょう。
番小屋から屋根裏部屋まで、噂は大きくなって広がり、
そして皆が、掃除人から、魚売りの女まで、
車を押しながら、「聞いたところでは」と言って回って、
大胆な目つきで、頭から足先まで、私をじろじろ見るんだわ!

デトゥルネル氏、困惑し、控えめに
さあさあ、もし無遠慮な言葉を言ったとしても、
結局のところ、ただの気まぐれでしかないんだよ。

デトゥルネル夫人、息を詰まらせ、目に涙を浮かべ
私たちは何もかもを耐えなければいけないのですわ。疑いも、
侮辱も、あらゆる種類の悪口も!
どんな些細な言葉にも従い、控えめで、
いつでも優しくしなければならない、それが私たちの役割、
分かっていますとも。でももう、私の優しさも限界。
主人は……夫は自分には許すんです……どんなことでも、
憲兵みたいに、私たちの周りをうろついて、
絶えず様子を窺い、私達を非難するのよ……。

デトゥルネル氏、愛撫しながら
                     涙はおよし、
お願いだよ。仲良くしようじゃないか。すまなかったね。本当に、
私は粗野で、愚かだった……それを認めるよ、そして君が僕を
許してくれるためなら、何でもするつもりでいるんだよ。
さあ、手に口づけさせておくれ。なんて可愛らしい手だろう!
今晩、二つの大きな金のブレスレットをつけてあげよう。
さあ、芝居をするだろう。――許してくれたかい?

デトゥルネル夫人、とても堂々として
                       まだですわ。

デトゥルネル氏
まだ? でもすぐにさ。

デトゥルネル夫人、同様に
           どうかしら?


二場
同前、ルネ・ラピエール、ルイ十五世様式の侯爵の姿で。

召使、告げる声
                  ルネ・ラピエール様。

ルネ、入りながら
ルイ十五世式の侯爵の格好です。

デトゥルネル氏
               ああ! あなたの相方だ。
それでは。
(ラピエール氏に挨拶して。)
       立派な侯爵ですな。

ルネ
                何なりとお申しつけください。

デトゥルネル氏
衣装は魅力的、よくお似合いで、うっとりさせますぞ。
(彼は外へ出る。――ルネはデトゥルネル夫人の手に接吻する。)


三場
デトゥルネル夫人、ルネ

デトゥルネル夫人、神経質に、乾いた声で
少なくとも、自分の役をしっかり覚えたんでしょうね?

ルネ
一言だって忘れたりしませんとも。

デトゥルネル夫人
それじゃあ始めましょう、あなたの準備が出来ているのですもの。
最初は私一人。そこへ侯爵が現れる。
私を見ることなく、彼は舞台の中央にやって来る。
しばらくの間、夢想しながら歩きつづける。
それから、彼は私に気づく。いいかしら?

ルネ
                    大丈夫です。
(彼女は低い椅子に腰掛ける。気取った優美な動作で、彼は近づく。)

デトゥルネル夫人
もっと自由に、自然になさいな。

ルネ、止まって
               できませんよ。
全然思うようにいかないんです、この衣装が邪魔をして。
(剣が足の間にぶらさがっている。)

デトゥルネル夫人、冷淡に
長い剣が鞘から抜けそうになっていてよ。
鈍くて重たそうに見えるわね。やり直しよ。
(彼は先ほどと同じ動作を、一層わざとらしいようにこなす。)
そんな風にする必要は全然ありませんのよ、
あなた。

ルネ、気を悪くして
    あなたが私の代わりをするのを見てみたいものです、
奥様。一体どうしろとおっしゃるんですか?

デトゥルネル夫人、我慢できずに
まるで生まれつきの侯爵であるように、ですわ、
本当の侯爵のように。その尊大ぶった様子をやめて、
通りを歩く普通の男性のように、ただ歩きなさいまし。
少しばかり剣を持ち上げて、優美な感じで。
一方の手は腰に、さあ歩いてごらんなさい、
膝に、溶けた鉛でも入れた風にしないで。
流行のデッサンみたいにぎこちないわね。

ルネ
この窮屈な衣装を着ていなかったなら……。

デトゥルネル夫人
葬儀人夫侯爵といったところね。
さあ優美になさって。
(彼は再開する。)

ルネ
          これでいいですか?

デトゥルネル夫人
                    まだね。
男ってなんて借り物なのかしら! どんな女性も
社交界の女性のことよ、魂まで女優だっていうじゃない。
劇場の女たちは不器用で、微笑むのも、
立ち上がるのも、座るのも、一歩あるくのでさえ、
悲劇的に見せるんだわ。何でもないことが邪魔をするのね。
そういうのは学ぶものじゃないわ、生まれに関わるのよ。
芸を身につけることはできるけれど、自然さはそうはいかない。
練習すればラシェルのようにはなれるけれど
いつだってぎこちなく、気取った風で、
しばしばドラマチックすぎて、決して優美ということはない。
私は、二度舞台に立って、大変な成功だったわ。
優美な身なりをして、本物の宝石を身につけた。
褒められたものよ、熱狂的だったわ。
一緒に演じたランシー夫人を
嫉妬で死なせちゃうんじゃないかと思ったほど。
何行かの詩句を読んだわ。何があったかもうよく分からないけど
何か変なことがあって、ひどく笑わせたわ。
でも二度目には、私には台詞がなかった。
私が演じたのは女中で、盆を持って出たわ
そこに水の一杯入ったグラスを乗せるはずだった。
私は盆を持って出たけれど、グラスを忘れていたの。
相手の役者は真剣な顔で私を見たわ。
観客は身を捩っていた。その時、私も気づいた
確かにお盆を持っているけれど、その上に何もないって。
まったく、それには我慢できなかったわ。気ちがいみたいに笑ったの。
相手の男性は言葉を続けることができなかった
それほどみんなが陽気だった。ずっと笑っていたわ!……
(ルネの方を向く。彼は聞きながら、じっと彼女を見つめている。)
まあ一体どうなさったの、あなた、さあさあ?

ルネ
奥様、私はお聞きしていたのです。

デトゥルネル夫人
               私が、あなたの言葉を聞くのですわ。
無駄にする時間はありませんことよ。さあ、続けましょう。
どうなさったの?

ルネ、長い間、ためらった後
         最初の行が思い出せないんです。

デトゥルネル夫人、怒って
あなたは、私の神経を逆撫でなさるのね。

ルネ
最初さえ思い出せば、後は続けて出て来るんです。

デトゥルネル夫人
確かに、出て来るでしょうね、逃げ出してしまわない限りは。

ルネ、額を叩いて
どうして忘れてしまうんだろう! どうぞ、少しだけ囁いてください。

デトゥルネル夫人
ああ! 囁くことで、あなたの内に火を点すことができますように。
(彼女は囁く。)
         君を見たのだよ、愛しい羊飼い

ルネ、苦労しながら朗誦する
君を見たのだよ、愛しい羊飼い、
いつか、羊歯の上に座っているのを。
そう、あそこで、いつか君を見たんだ。
僕の心は愛に燃え、
それは、つかの間の炎、
すぐに消える、偽りの軽薄なものではなかった。
消し去ることのできない愛を
僕は燃え立たせたんだ、優しい羊飼い、
僕が羊歯の上の君を目にした時に……
いいですか?

デトゥルネル夫人
      「いいですか」は台詞にはないわ、もちろん。
それから、結構ですわね……もっと違った風だったなら。

ルネ
どうしてなんですか?

デトゥルネル夫人
          どうして? あなたときたら、どうしようもない
寓話を暗唱する子どもみたいじゃない。
声も、体も、身振りも木でできているみたい。
愛したことがおありなの?

ルネ、とても驚いて
            私がですか?

デトゥルネル夫人
                  あなたが。

ルネ
                      確かに……何度かは。

デトゥルネル夫人
それは結構ね。それをお話しになって。

ルネ
                 なんですって?

デトゥルネル夫人
                        あなたの勝利を。
だってあなたが女を振り向かせるのを、目にしたことがありませんわ。

ルネ
成功したことがあるとは言っていません……。

デトゥルネル夫人
                     いつでも?
そうね。あなたは恋愛で幸福になることがないでしょう。
まったく! あなたが理解すべきことを考えてみましょう。
ある女性が、人の気を惹く技術に長けていて、
あなたと差し向かいになったとしましょう。彼女の……才知が
ずっと前からあなたの心を惹きつけ、捕らえていたのよ。
――私が、その魅力的な女性だということにしましょう。――
あなたは、自分の苦しむ愛の気持ちを打ち明けたいと思う。
私たち二人だけですのよ。――さあ。
(彼女は待つ。彼は困惑した風で、彼女の前に立っている。)
                 さあ、それで全部なの?
何の危険もなく、最後まであなたの言葉を聞けるのよ。
それじゃあ役柄を変えて、羊飼いの娘になりなさい。
即興で演じますわ。お座りになって。――愛しいひと。――
(彼女は侯爵の帽子を取り、かぶる。彼の前に膝をついて、声にからかいの調子を含ませる。)
私は幸福を追いかける。
私が走れば、一層速く逃げ行く。
でも私を避けるこの幸福は、
言っておくれ、お前の心の内にあると?
甘やかな興奮を私は求める。
でもいつも私から逃げてゆく。
愛のもたらすあの興奮は、
お前の唇の上にあるのでは?
それを見つけるために、私はお前に
口づけしたい、おお! 我が冷たきひとよ、
そしてお前の魂はお前の口に、
お前の優しい心はお前の胸に。
(彼女は笑いながら彼を見て、身を起こす。)
彼は彼女を抱くのよ。あなたはセーヴル焼きで出来た羊飼い?
どぎまぎするのよ。ため息が唇から漏れなければ。
視線を下げて、震えて、青くなり、赤くなりなさい。
(調子の変化。――素っ気ない声で。)
それじゃあ、何にもならないわ。愛しいあなた、もう十分よ。

ルネ、荒々しく
僕はついていないんだ。誤りはこの衣装にあるんです。
もしも、まったく普通の格好をしていたら、保障しますが、
苦労なく、自分の愛を表現することができるでしょう。
ボンパドゥールが支配していた華やかな時代には、
人は頭と同じぐらいに、考えにも粉をふったものです。
曖昧な台詞が、調子のいいように配慮されて、
恋人たちの口に、歌のように上ったのです。
彼らの精神は、瑞々しい化粧を覆う絹のリボン
それ以上に飾られていました。
男性は浮気っぽく、女性はいたずら好き。
ささやかな接吻しか許しあうことなく、
縮らせた髪の毛を乱さないように気をつけた。
そして、余るほどの優美さと、繊細さを保ったので、
少しばかり粗野な台詞でも吐けば、二人の愛は断ち切れてしまう。
でも今の世では、もう永久に、ほころびてしまった、
衣装の華やかさも、言葉のそれも
もうこんな風な、軽やかなやり方は理解できません。
だから愛させるためには、もっと違った祈りの言葉が必要なんです、
もっと率直で、そして一層情熱的な。

デトゥルネル夫人
                 ある役柄を、
誤りなく演じるためには、愛しいあなた、
衣装と一緒に、その人物の肌も纏わなきゃいけませんわ。
彼の心で感じ、彼の年のように考え、
彼が愛したように愛するのよ。

ルネ
              けれど僕も、同じように愛しています。

デトゥルネル夫人
あなたは愛していないわ。

ルネ
           失礼ですが、愛しています。

デトゥルネル夫人
                       いいえ。

ルネ
                           本当です。

デトゥルネル夫人
それなら、彼女に言ったはずだわ。「あなたを愛しています」と。
その調子を思い出して、同じようになさいな。

ルネ
いいえ。僕は一度も言ったことがないのです。

デトゥルネル夫人
                     慎み深いこと。
彼女が見抜いてくれるとでも思ったのかしら?

ルネ
いいえ。

デトゥルネル夫人
   それじゃあ、何を望んでいるの?

ルネ
                僕が? 何も。僕にはできません。

デトゥルネル夫人
それは嘘よ。男はいつでも何かを望んでいるものよ。

ルネ
僕が望むのは、ただの微笑み、ただの一言、ただの優しい視線。

デトゥルネル夫人
それでは少なすぎるでしょう。

ルネ
               ただそれだけです。いつか、偶然が
僕の立場を弁護してくれない限りは。

デトゥルネル夫人
               おお! 偶然が弁護してくれるのは、
このことを忘れちゃ駄目よ、偶然を助ける者だけなのよ。

ルネ
言葉をかけられないことに、僕はものすごく苦しんでいるんです。
彼女の視線が僕に注がれる時には、首を絞められるように思います。
僕は彼女が怖いんです。

デトゥルネル夫人
        なんてこと! 男はなんて……愚かなんでしょう。
もの知らずで、あなたはまだ知らないのね、
そうしたお世辞が、私たちを傷つけることなどないということを。
もし私が男で、私が愛しているなら、あなたにも分かったでしょうね。
(ルネは彼女の手を掴み、情熱的に口づけする。彼女は素早く手を引き、大変驚き、幾らか気分を害されている。)
そんな不躾なやり方を許してはいませんことよ。
言葉だけで十分ですわ、あなた、振る舞いは慎みなさい。

ルネ、膝元に屈み込み
確かに、僕は内気で滑稽でした。どうしてでしょう?
我に反して、心が飛び出てしまうのが怖かったのです!
そして、つまらない、ああした軽薄な言葉の代わりに、
溢れ出すこの心が、他の言葉を告げてしまうことが。
(彼女は彼から離れる。彼はその衣服を掴んで追いかける。)
ああ! あなたはそれを許してくれた、奥様、遅すぎるほどです。
僕の視線の中で、輝くのを見なかったのですか、
あなたに注がれる時、くるったような稲妻が。
惑乱し、蒼ざめた僕の顔に、見つけなかったのですか、
毎夜の煩悶が刻み付けたこの皺を?
ではお気づきではなかったのですね、しばしば私があなたを避けたこと
あなたの手が私に触れた時に、私が震えに襲われたことを、
そして、先ほど、私が我を忘れてしまったのは、
私を見ながら、あなたの唇が微笑んだからだということ、
あなたの目が私に触れ、跡を残し、焼き、殺したからだということを?
頂に登った不幸な男が、
突然、奈落の恐ろしさに熱に侵され、
燃える頭を抱え、我を忘れて飛び込むように、
そんな風に、あなたの青い瞳の奥底を覗き込んだ時、
限りない愛に、僕の目はくらんだのです!
(彼は彼女の手を取り、自分の胸に当てる。)
さあ、僕の心臓がどんなに脈打っているか分かりませんか?

デトゥルネル夫人、怯えて
十分ですわ。頭がどうかしたのかと思われましてよ。
それに話し方も、誇張が過ぎるようですわ。

(奥の扉が音もなく開き、デトゥルネル氏が現れる。両手にブレスレットの箱を持つ。彼は立ち止まり、見られることなく、耳を傾ける。)

ルネ
そう、本当です。僕の精神は乱れています、僕はくるっている!
手綱を首につけたまま放された時には、
馬は暴れ出します。それが僕の頭の状態です。
今まで、僕は抑え、押し殺してきました、
でも、あなたの傍にあって、思いは余りに力強く跳ねるのです。
僕が感じている、この熱い思いを表現することはできません!
そうです、僕はあなたを愛しています。僕の唇は苦しみながら、
愛しいあなたの唇に触れたいと願っています。
この腕は、僕に逆らって、あなたを抱くために開かれる。
それほど大きな欲望が、僕をあなたへと押しやるのです。

デトゥルネル夫人、彼から逃げながら
怒りますわよ。おふざけはやめてちょうだい。

ルネ、足元に這いながら
あなたを愛しています、愛しています。

デトゥルネル夫人、恐れて
                  おやめなさい。叫びますわよ。

ルネ、打ちのめされて
すみません。

デトゥルネル夫人、高慢に
      起きてちょうだい、あなた、人を呼びますわ。

ルネ、絶望して
ああ、あなたはもう私を許してはくれないでしょう。


四場
同前、デトゥルネル氏

デトゥルネル氏、褒め称えて
ブラヴォー! ブラヴォー! 素晴らしい! 見事に演じなさった!
あなた方にこんな情熱があるなんて知らなかった。
お見事ですな、あなた、大変結構。あなた方が
下手だろうなどと、間違った考えでしたな!
おお! どうか許してください。あなた方は素晴らしい。
とりわけ、自然で、正確で、生き生きしているという
比類ない芸をお持ちでいらっしゃるから、
この恋愛の一幕は、本当に感動的でしたな。
全てが完璧ですぞ。声も、表現も、身振りも!
困難は乗り越えられたのです。後は
ひとりでに上手くいくでしょう。しかしながら、最後の瞬間に
どううまくやってのけるかを学ばねばなりますまい。
それというのも、稽古の時にはいつも上手くいくもの。
でも初日には、少しばかり我を忘れますのでな。

デトゥルネル夫人、わずかに笑みを浮かべ、夫の手からブレスレットを受け取り
あなた、その点はご安心くださいまし、
だって、もしこの方が我を忘れても……私は絶対に忘れませんもの。


『稽古』(『寸劇と独白』第6集、トレス社、1880年)
Une répétition (dans Saynètes et Monologues, 6e série, Paris, Tresse, 1880), dans Théâtre, éd. Noëlle Benhamou, Éditions du Sandre, 2011, p. 133-149.




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