モーパッサン
『リュヌ伯爵夫人の裏切り』

La Trahison de la Comtesse de Rhune, 1877


第三幕


(*翻訳者 足立 和彦)




第三幕


リュヌ伯爵夫妻の寝室。城の塔の中にある。奥に、大きな壇の上に、樫の木で出来た巨大なベッドが二つ。細く長い窓がベッドの間にあり、左手にもう一つの大きな窓。奥の壁面は、塔の形に添うように曲線を描いている。
前半三分の一程の頃に月が昇り。はじめ左手の窓から二つの寝台を照らす。次に正面の窓からの光が、二つのベッドを隔てる。


一場

伯爵夫人、シュザンヌ・デグロン

伯爵夫人
今じゃ、ヴァルドローズは私を愛しすぎるほど。彼の掻きたてられた
欲望を激しく張り詰めさせてやれば、
彼はもう何も恐れずに、伯爵も殺してしまうでしょう、
獣でも殺すようにね。

シュザンヌ・デグロン
          あなたは少しも恥ずかしくないの?

伯爵夫人
私のような心の持ち主には、恥なんて入る隙間もないの。
あなたにとって大事なの? あの男はあなたにとって何でもないし、
彼が生きつづけることになれば、私が死ぬ羽目になる。
あの男が横たわっているのが見たさに、目もくらむほど、
血まみれな額で、打ち倒された牡牛のように転がるあの男をね。
彼の善意も、美徳までもが憎たらしい。
私への信頼も憎いし、知らずに平然としているのも我慢できない、
私が彼を憎んでいることを、私の苦しみも、
別の男への愛情も。彼を前にして誰もが尊敬と
敬意の思いに呆然とするのも憎らしい。
とりわけ、彼が私を愛していることがおぞましいわ。
彼の愛情に対して、自分に対する軽蔑で一杯になるほど。
一日中、興奮に駆られつづけて、
夜の間も忘れることができない。
愛する男を相手にすれば、服従さえもが甘美で、
彼の望みを、自分の親しい習慣のように感じる。
でも、自分が結び付けられている男を憎んでいる時には、
彼にとって自分がただの肉体で、彼の体、彼の財産である時には、
彼の言葉が何から何まで侮辱のように思える時には、
大変に苦しんだ後には、激しく苛立つことにもなるのよ。
そうなれば、涎を垂らして噛み付く犬がするように、
言葉や、目や、手でもって死を投げつけるの。
今晩、彼が私の唇に肌を触れさせた時、
私を駆り立てるこの殺意に希望をかけたわ。
私の口づけの下で彼の体が震えたわ、
私が噛み付いてやりたいと思っているのを、感じたのでしょう。

シュザンヌ・デグロン
でもヴァルドローズを、怒ったあなたは信頼をしているけれど、
その憎しみが、彼をも犠牲に捧げる必要があるの?
それじゃああなたには、心も、哀れみも、許しの気持ちもないの?
だって、彼はあなたを愛しているのよ。あなたは一体、
大理石で出来た女か、肉体を持った
彫像で、男たちに愛させ、その後で殺してしまうとでも?
犯した罪の大きさに責め立てられながら、
血まみれの彼は、あなたのベッドの足元にやって来る、
歯を鳴らし、自分の大胆さに蒼ざめながら、
慈愛に溢れるあなたの腕の中に、見返りを求めて、
そしてあなたの胸に、焼けつくような後悔をぶつけた時、
あなたは逃げながら叫ぶのね。「捕まえて、人殺しよ!」
そして愛に喘ぐあなたは、彼を引き渡す、あの男性は、
あなたを愛している、愛しているのよ!

伯爵夫人
                  あなたの言ったように
するでしょうね。でも、犯した罪が報われるように、
一時間ばかりは、自分が私の最愛の恋人であると信じるでしょう。
私の隣で一時間も眠った後には、
そのために死ぬことを、今度は私が望む権利もあるというものよ。

シュザンヌ・デグロン
そうして殺すのね、殺すのよ、いつも殺すんだわ。あなたの腕と
唇が、戦いよりも多くの死者を産む。
その上、あなたの愛撫に我を忘れた、あの可愛そうな坊やが
捕まった後に、あなたは、嘘つきで、裏切り者で、
あなたは、まだ彼の口づけに燃えたまま、胸を高鳴らせ、
激しい騒ぎの中を走り抜けて、
愛するイギリス人の首領に開く、あなたの愛を、そしてあなたの
領主と、国王の護衛を守っている扉とを!
あなたは血で染められた復讐を少しも恐れないの?
殺された男は、死んだ後になって、
自分の軍隊の中にいる勝ち誇った王よりも強くなる。
あなたの人生が、あらゆる希望から閉ざされることになり、
空しく探し求めることになるわ、どこかの影を
弓矢の攻撃よりも激しい後悔を隠すために。
いつでもあなたを見つめる子どもの存在を感じるわ
昼も夜も、そしてあなたは取り乱し、逃げ出す、
森の奥深くへ、狼のように恐怖の咆え声を上げて。
さようなら!

伯爵夫人
      まあ! 行ってしまうの?

シュザンヌ・デグロン
                あなたのためを思って祈りますわ。

伯爵夫人
神様も、私の殺意に溢れた憎しみを繋ぎ止めはしないでしょう。
私は愛しているの。分かるかしら。私の心はあなたの祈りも恐れない。
私は愛している。この言葉の中に、哀れみも、美徳も、恥じらいも、
どんな空しい感情も、偽りの偉大さも、
次々に飲み込まれて影もないでしょう。雨の一雫が、
深い海に飲み込まれるように。

シュザンヌ・デグロン
そうでしょうとも!――殺しなさい!――死ねばいいわ!――死んで
しまったほうが、汚らわしい愛に生きるのを見るよりよっぽどいいわ。
でも彼に身を任せたりしないで、それはあまりに忌まわしいこと。

伯爵夫人
おお! それじゃあ、あなたは彼を愛しているのね?

シュザンヌ・デグロン
                私が? いいえ、でも私も女です。
恥ずかしいのよ。せめてあなたに汚されずに死んでくれますように。

伯爵夫人
私の知ったことかしら? やって来たわ。下がってちょうだい。
ヴァルドローズが現れる。シュザンヌ・デグロンはじっと彼を見つめる。しかし、彼が見ていないので、絶望の身振りをして、左手に去る。


二場

伯爵夫人、ジャック・ド・ヴァルドローズ
 とても蒼ざめたヴァルドローズ、伯爵夫人と一歩離れた所で立ち止まり、彼女の前で立ったまま動かない。

伯爵夫人
心の中から、愛情はもう消えてしまったというわけなのね。
正面から私を見ることも、もうできないじゃない。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
ああ! まさしくこの愛こそを恐れているんです。

伯爵夫人
なるほど、ご主人様の鞭にすっかり震え上がったのね。
お前の勇気は蒼ざめ、美徳は逃げ腰になって、
心のほうは口ほどにも情熱を持っていないのね。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
私の心はあなたを愛し、口を通してあなたにそれを告げています。
しかし、この呪われた日の間、私が苦しんでいたことを、
私が泣き声を上げ、叫び、呻いていたことを、誰も、
私を打ちひしぐあなたでさえ、疑うことはできません。

伯爵夫人
本当にあなたには感謝しているのよ、その控えめな愛情が、
人知れず呻き、隠れたところで泣いていることに。
でも、危険の迫った時には、こっそり隠れようとするような愛は、
内気に過ぎるでしょうし、きっと幾らかは卑怯なんだわ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
卑怯! 私にどうしろとおっしゃるのです?

伯爵夫人
                    今の場合、
少しでも勇敢な男は、それを尋ねたりはしないでしょう。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
あなたのおっしゃることが理解できません。

伯爵夫人、乱暴に
                    理解しようとしないのよ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
私の精神は狂わんばかりです。

伯爵夫人
        そうでしょうとも! それに心はとても優しいのね。
牝鹿が森の奥で待っている時には、
牡鹿は争いあい、角を互いに折りあうものよ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
何をおっしゃりたいんです?

伯爵夫人
             あなたを助けてあげなきゃいけないのね。
一人の女を愛している時には、彼女を所有する者を憎むものだわ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
伯爵を! でもどうすれば? さあ、私も同じように考えますから。

伯爵夫人
お前がここにいるのを見つけたら、あの男はためらわないでしょう。
役柄を交代したのだから、聞きなさい、そしてすぐに理解なさい。
一度言ったことは繰り返さないのだから。
私の心の中には、二重に征服した者のように、
二つの愛を同居させるような場所はないの。
一方を守るためには、もう一方が出て行かなければならない。
最初の者を追い払うための出口は一つしか知りません。
拳でもって打ち開き、二度と閉めることのない扉よ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、とても低く
そのことは既に心の奥底で考えてはみました。

伯爵夫人
そう、でもお前にそれができて?

ジャック・ド・ヴァルドローズ
           彼は私の主人だということを考えてください。

伯爵夫人
彼は私の主人でもあるのよ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
             私は卑しい、裏切り者になってしまう。

伯爵夫人
それで私は、一体どうなるというの? あの男はすでに、
その卑しい考えの中で、ベッドでの快楽を
共有しあった者ではなくて?

ジャック・ド・ヴァルドローズ
             魂にかけて、
彼に仕えることを誓ったのです。

伯爵夫人
               そして私は彼の妻であることを。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
すでにあまりに長い間、彼の館に暮らしてきました。

伯爵夫人
そうね。でもこれから、そこで私はお前と一緒に眠るのよ、
ただお前を幸せにすることだけを考えて。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
しかし私の腕も、血も、彼を打ち倒すことになる剣も、
彼のものなのです。

伯爵夫人
         私の体は誰のものなの?
彼が生きている限りは彼のものよ。でも死者のものになることはない。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
おお! 罪はあまりに大きすぎます!

伯爵夫人
                 愛は罪を許すのよ。
愛に掻きたてられた大罪は、愛ゆえに崇高なものとなるのよ。
あらゆる裏切りも、あらゆる卑劣な行いも、
同じぐらいの美徳と、快楽とであるのよ。
愛の名において、愛する女のために、
王が殺され、軍隊が殺戮され、
全能なる神の名においては決してできないほどの
たくさんの苦しみが与えられ、血が流されてきたことを知らないの?
この世にあっては、愛と神は同じように許すことができる。
愛は殺人も不貞も知りはしない。
その最も熱烈な行為は、献身という名で呼ばれるの。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
できません。

伯爵夫人、とても皮肉に
      私の恋人になることができないというの?
おお! なんてお前は可愛そうなんだろう!
でもお前の臆病さに驚くようなことはないわ。
だって男というものはそんな風に卑しく、下劣で、
夫が不在な間だけ、愛人になるのに同意するのよ。
でも、夫が帰って来ると、自分の欲望を宥めて、
自分の身に相応しい餌をへりくだってねだるの。
暗がりで、分け前を与えてやれば満足に浸って、
ドアの向こうで、夫が出て行くのを待つ。
夫といえば、その腕の中で、無関心な妻は
地代でも払うように、義務で愛撫してやる。
誰も彼も、毎日毎日、そんなことをして軽蔑も感じない!
だからどうだというんだ? 口づけの味が変わるわけでもあるまいに、
彼らはそう言うのよ。唇に跡を残すようなこともない!
まったく、どちらがより卑しいのか分かったものではないわ、
この二重の罪に汚された女と、
彼女のベッドから満足して出てゆく愛人と!
さあ、行きなさい、心配に打ちひしがれた哀れな坊や。
天は私たちを同じようにはお作りにならなかったのね。
女には愛と美とが与えられたわ、
力と大胆さに溢れた男のために。
でも弱気な男のためには、醜い女が作られたの。
行きなさい! 卑怯者には、つける薬もありはしない。
いいから、――行ってちょうだい!――私に何を望むというの、
お前に勇敢な魂も、力強い拳もないのなら?
だって情熱が、竜巻のように吹き荒れれば、
それを受けた男は、一本の木のように倒れる、
その衝撃に耐えられないほどに弱かったら。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、とても低く
いつ彼を殺さなければいけないのですか?

伯爵夫人
                   鶏が鳴く前に。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
今晩と。

伯爵夫人
    すぐによ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、彼女の前に跪いて
         おお! お時間をください、奥様、
私の魂の中で、この意志がしっかりと固まるまでの。
蒼ざめた顔で人を殺したりはできません。
明日、心の中でそれをやり遂げてみせた後に、
頭の中で全てをやってしまった後に、
流れ出る血と、死者の最後の視線との、
凍るような恐怖を推し量った後に、
明日――動揺も後悔もなく、私は彼を殺しましょう。
明日。震える手ではうまく切りつけることもできません。

伯爵夫人、とても優しげな声で、手の先を撫でながら
今宵からでも、夜を一緒に過ごせるのよ。
そのことを思ってみたの?

ジャック・ド・ヴァルドローズ、手を取り、口づけながら
            今晩、殺してみせます。

伯爵夫人、優しく、睦言を述べるかのように
何も心配しなくていいわ。全部準備しておくことが必要だったの。
全部予測したのよ、お前を苦しめる不安までも。
私は自分の手で、彼のグラスに眠らせるような酔いをしかけた。
彼は倒れ、すぐにまどろんでしまうでしょう。
死ぬまで、ノロジカやダマジカのように穏やかなまま。
場所を選んで、打ち下ろすだけでいいのよ、
ゆっくりとね。何も恐れないで、顔の毛一本、
動きはしないもの。手足一つ動きはしないから。
あなたの短剣は、もう少し深く眠らせることになるだけ、
それだけなのよ。それに、私も心の準備はできているわ。考えなさい、
褒美を前にしてためらう者などいやしないということをね。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
でも罪は見つかります。私は、
死刑にされるのですか?

伯爵夫人
           いいえ。誰を訴えればいいか分かっているわ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
他の者を? 自分の代わりに誰かを殺させるなんて
できない!

伯爵夫人
     私を愛していて、私たちの仲を疑っている誰かよ。
廊下を歩き、話す声が聞こえる。
伯爵が来るわ。行きなさい。いいえ、ここに入っていて。
彼女は右手の壁の一種の隠し扉を開き、ヴァルドローズを押しやる。
この通路は堀に通じているの。狭くて、
高さもないわ。出入り口は
ここしかないの。とにかく、そこにお前を隠しておくわ。いいこと、
膝をついて、ドアに張り付いていなさい。
そして私がこう言ったら、「愛しいあなた、お休みになったの?」
その時よ。行きなさい。
彼女は隠し扉を閉め、それから一人で、舞台中央に戻って来る。
           お前の欲望がどんなものであろうと!
お前はもう逃げられないわ、お前の人生が、
お前の勇気を明かしているのですもの。


三場

伯爵、伯爵夫人、シュザンヌ・デグロン、ピエール・ド・ケルサック、廊下で

伯爵、廊下に留まったピエール・ド・ケルサックに
                  そうだ。そこで留まっておれ。

 シュザンヌ・デグロンに
さあ、行きなさい、愛しい子よ、ありがとう。
彼女は去る。


四場

伯爵、伯爵夫人

伯爵夫人、腕を伯爵の首に回しながら
やっとわたくしたちだけになれましたわね、優しい旦那様。
あなたと一緒に、あなたの愛も私の手に返されたのでして?

伯爵、重々しく
                           恐らくな。

伯爵夫人、不安気に
なんですって? どうなすったの?

伯爵、優しげに、だがやや早急に
                私が言いたいのは、お前の側に、
私が出かけた後も、我が愛は留まっていたということだ。
私がどこに行こうとも、我が心はお前の傍に留まろう。
我々が互いに愛し合うことがなくなるには、どちらかが死ぬよりない。

伯爵夫人
さあ、夜は長いですわ!
(彼女は夫を、寝台のある壇の方へ連れてゆく。)

伯爵、ゆっくりと
                私が苦しんだ
日々と同じぐらいに――十分に長いだろう。

伯爵夫人
              私たちの口づけはとても短いのですわ。

伯爵、機械的に
とても短い。

伯爵夫人
      あなたはまるで酔っ払いのように
ふらついていらっしゃる。

伯爵
         押しつぶされそうな重荷にたわめられているのだ。

伯爵夫人、不安気に
どんな悲しみですの?

伯爵
          いや、そうではない。よく分からない
気落ちさ、しばらく前から無気力に
襲われているのだ。我が目は塞ぎ、額が重たく、
心臓が止まるかのようだ。

伯爵夫人
            たいしたことではありませんわ。お疲れで
気分がお悪いのですわ。

伯爵
       我が体、我が精神、全てが眠ってしまおうとしている。
ちょうどある種の眠りが死に似通っているように。

伯爵夫人
死のように? そうですわね。

伯爵
              戦わねばならん。

伯爵夫人、寝台に誘い、服を着たまま伯爵は横になる
                  お休みなさいませ、ご主人様。

伯爵、寝台の上で
なんと眠りは心地よいものか! 窓に見えるのは何か?

伯爵夫人
月ですわ。

伯爵
     こちらを見ているようだ。
夜明けには起こしてくれ。

伯爵夫人
            おお! ご心配不用ですわ。
分かっていますとも。

伯爵、眠りに落ちながら
          話すこともままならぬ。言葉が
逃げてゆく。押しひしぐようなこの眠りはどこから来るのか?
随分と長い間、続きそうな気がする。

伯爵夫人、彼を見ながら
                 いいえ。
短いものですわ。その名前を変えない限りは。
彼女は彼の腕をとるが、生気がない。彼女は寝台から降り、黒いビロードの部屋着を脱ぎ、真っ白の夜衣の姿になる。寝台の間の壇の上に上がり、眠る伯爵を見下ろす。
もう誰も再び目にすることはないわ。死んだも
同じということ。一人の人間など、何ほどのものでもないわ。
彼女は自分の寝台に上がり、肘をついたまま夫を眺める。
おお! 心臓がなんと高鳴ること! 塔に打ち付けるあの一撃のように
高鳴っている。愛しいあなた、お休みになったの?
お休みになったの、愛しいあなた?
ヴァルドローズが隠れ場から出る。死人のように蒼ざめ、ふらついている。


五場

伯爵夫人、ジャック・ド・ヴァルドローズ

ジャック・ド・ヴァルドローズ、やっとのことで伯爵夫人の寝台の足元にまで進み
                恐ろしい、恐ろしいのです、奥様!
魂に爪が食い込むような気分です。

伯爵夫人、荒々しく
さあ!

ジャック・ド・ヴァルドローズ
   まだ、彼の姿を目にすることができません。

伯爵夫人
後で見ればいいのよ、まず振り下ろすのよ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、取り乱し
おお! ほんの僅かの猶予を。

伯爵夫人、優しげな声になって
              ええ、そうね、何も急ぐことはないわ。
いらっしゃい。私を見て。女のベッドから立ち昇る、
この陶酔を知っているの? 夢見たことがあるかしら、
愛の与えることが出来る一切を。頭の中で、いつかの夜、
私の寝台の白いシーツを取り払ってみたことがあって?
自分の口に、唇を感じてみたことがあるのかしら?
あの深い口づけを知っているの、激情に溢れ、
骨の髄までを震えさせるあの口づけを?
そうでないなら、人に犯すことの出来ることが何かを知らないのよ。
彼女は彼を傍に寄せる。ヴァルドローズは抵抗し、伯爵の方を向こうとする。その時、彼女は、乱暴に
奴隷のようにお前の腕を震わせる、
この年老いた主人に対してと同じように、私を恐れ、意気地なく
美徳を楯にとって、彼にも私にも、もう触れることが出来ないの?
ヴァルドローズは彼女の唇を貪る。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、身を起こしながら
十分です。これ以上はもう。

伯爵夫人
             勇気を取り戻して?

ジャック・ド・ヴァルドローズ
不吉なあなたの愛撫を飲み干した今となっては、
その通りです。

伯爵、荒々しく身を起こし、ヴァルドローズが握った短刀を奪い取って
         あの女の愛撫はお前にとってこそ不吉だったのだ。
大声で呼びながら
ケルサック!
ケルサックが現れる。
      我が城に眠る全ての者にここへ来るように
言うがいい。それから公爵夫人その人にもお伝えしろ。
ケルサック、退場。

伯爵、しばらくの間、妻と愛人とを熟視した後、決断するように
 この女を愛しているのか、子どもよ? 答えよ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、とても低い声で
                      彼女を愛しています。

伯爵
忌まわしくも許されることのない愛によって、
妬み深く哀れみのない愛によってか――聞こえているのか――答えよ!

ジャック・ド・ヴァルドローズ、同様に
そうです。

伯爵
     さあお前の剣だ、返してやろう。見るがいい、
彼女の心臓の鳴る場所を、そこを刺すのだ。肉の中に
鍔まで差し込むがいい。

ジャック・ド・ヴァルドローズ
           誰が? 私が? 私がですか?

伯爵
                愛しているなら、そう、お前がだ。
もし私が愛しているのなら、すでにそうなされていただろう。私には、
もはや怒りもありはしない、我が心は軽蔑にそそり立つばかり
だからだ。愛人にはもっと突発的な憎しみと、
一層荒々しく、素早い腕力とがあろう、愛がなく、
ただ自分の名のみに執着する夫などよりも。
我が内の、平静なる正義は、彼女の死を要求する。
我が手か、お前のか、他の者であろうが、そんなことは関係ない!
愛しているなら、彼女を倒せ、何故なら彼女はお前を騙したのだ
私以上に。彼女の心がお前への愛で満たされていると
お前は信じた。あの女の心は恐ろしい深遠だ。
お前の内に彼女が愛したものは、愚か者よ、それはお前の犯す罪だ!
お前を愛している?……お前を?……本当の愛人を知っているのか?
イギリス人……ゴーチエ・ロマだ。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、取り乱し、伯爵夫人に
               嘘でしょう、嘘をついているのでは?
嘘だ……。

伯爵
   俺が嘘をついていると?……どんな風にあれがお前を愛したのか
知りたいか? イギリス奴は扉の傍でこの女を待っている。
お前を引き渡した後、あまりにももの知らぬ人殺しよ、
奴のためにこそ、胸の内の激情を隠しているのだ。
それというのもお前は、罪の跡を隠すために
足蹴にされる子どもでしかないからだ。
そしてあいつ、あのイギリス人は窺っている、女の立てる足音を。
だが自分が待ちもしなかった者が来るのを見ることだろう。
なんと! このあばずれを前にお前は震えているのか?
つまりは、お前はこの女を愛してなどいない、もしそうならすでに
お前は殺していただろう、彼女が忌まわしい罪に利用したお前が。
そうではないか?
荒々しく伯爵夫人の手首を掴む。

伯爵夫人、ベッドから飛び出し、立ち上がって
        私が二人ともを憎んでいるということが?
その通り、全て本当ですわ。勝ち誇りなさい、白状しますとも、
心に後悔することなく、頬を赤らめることもしないで。
でもどちらがより男らしく、どちらがへつらっているというの、
泣きながら後悔する、臆病な愛人と、
別の者に私を殺させようとする夫とでは?
さあさあ、みじめったらしい傲慢さを振りかざすがいいわ!
女を打ち倒すのは、さあ、愛人の方なのかしら?
夫の方かしら? ここに私の胸があるわ。どうしたの、
怖いのかしら? 私たちのうちのどちらが、一層罪深いの?
どんな暴力も奮えない、
恋人の方? それとも辱められた男、
助けを叫び、別の男の手に、幾らかでも女の血が
流れるのを見て、復讐を遂げたと思うような男?
この忌まわしい仕事を免除してあげようじゃありませんか。
一番卑しくないのは、私よ! 私は血を恐れたりしない!
ヴァルドローズの手から短刀を奪い取り、胸の真ん中を刺した後、仰向けに倒れる。

伯爵、床に倒れた彼女を眺めながら
この体を探しにやって来る悪魔は、
魂を運び去るその手の指を、汚すことになるだろう。


六場

ブロワ伯爵夫人、シュザンヌ・デグロン、ピエール・ド・ケルサック、イヴ・ド・ボワロゼ、リュック・ド・ケルルヴァン、フランス、ブルターニュの貴族達。公爵夫人は、泣き声を上げるシュザンヌ・デグロンを胸に抱く。

リュヌ伯爵、公爵夫人に
公正なる裁きはすぐに下されるでしょう、公爵夫人。
二人の罪人がここにおります。一人はすでに死にました。
おお! もしも夫への侮辱に対する復讐しかしないのであれば、
二人ともを窓から投げ出してやったでしょう、
外の沼へと。何も言わず、この不名誉を、
我が城の全ての者に知らせることもせずに。
だがここで問題となるのは、重要な裏切りであり、
事はあなた様にも関係があるのです。
我が衛兵たちの内であなた様が静かにお休みの間に、
彼女は……。

公爵夫人、さえぎって
      分かっております、伯爵殿、彼女のような女が
どんな策略を使ったのかもよく弁えておりますわ、
この子どもを破滅させるために。確かに、彼は誤りました、
死にも値することでしょう。でもこの子の途上に、
この不吉な愛を見出すことがなかったなら、
この惑わしの肉体の内に隠された罠を見つけなければ、
彼は誠実で無垢なままであったでしょう。彼女にこそ罪を、
そして彼にはどうか許しを。彼は犠牲になったのですから。
このような美貌を持った女には、
運命と同じほどの力のあるものですわ。
彼女の前では男はいつも奴隷であり、
愛撫が鎖となり、口づけが堕落を招くのです。

伯爵
公爵夫人、あなたにはお許しになる権利がある。
私は夫であり、罰を命じる権利を持っているのです。
私はそれを行使します。

公爵夫人
           どうぞご慈悲を、お願いいたしますわ。

伯爵
ではあなた様は、私の愛情が殺され、
名が汚され、希望を打ち砕かれ、幸福が潰えたことを何でもないと?
全ては彼のせいです。彼は償うべきでしょう。私は間違っていますか?

公爵夫人
最も罪ある者、それはもう一人の愛人、彼女の共犯者ですわ。

伯爵
その者を連れて来るように。

公爵夫人
             そしてあなたは、この者を
犠牲になさるの?

伯爵
      もう一方のために、そうです。奴は待っていますからな!
怒りの身振りで、二つの寝台の左にある窓を指す。
ボワロゼ! ケルルヴァンン! その者を沼に投げよ、
首に石をくくりつけ、両手を縛ってな。

公爵夫人、シュザンヌ・デグロンを示し、声を抑えて
あなた様の復讐は、この娘の涙によって和らげられるでしょう。
イギリス人はすぐに捕らえられます。……待とうじゃありませんか。

ジャック・ド・ヴァルドローズ、誇り高く、声にはしばし涙を湛えて
けれども私は、哀れみも許しも求めません。
公爵夫人に、伯爵を示しながら
あなた様の善意は私の心を打ちます。彼のそれは私を侮辱するのです。
死ななければならないのであれば、私には一層の勇気が出るでしょう、
伯爵夫人の体を指し示し、それから伯爵を示し
彼女の愛を前にしてよりも、彼の眠りを前にしてよりも。
私を殺してください、水の底でもよりよい目覚めのあることでしょう
手を縛るケルルヴァンに
この場所よりも。君、君には恋人の口づけの借りがあったな。
伯爵夫人の体を示しながら
恐れずに取るがいい……彼女はよく眠っているからね。

伯爵、ボワロゼとケルルヴァンに
早く終えよ。

シュザンヌ・デグロン、伯爵の足元に駆け寄りながら
      おお! 慈悲を、哀れみをお願いします。
私は彼を愛しているのです! 彼は私のもの、私が得たのです。
私は従姉を殺しました、彼女を愛していました。おお! 慈悲を!
私はあなたの名誉を救いました、あなたの家系の名誉をです。
おお、どうか哀れみを! わたしはブロワ公爵夫人をお救いしました。
周りの者皆に
あなた方の心は石で、顔は木で出来ているのですか
少しも涙を流さないなんて? 彼を助けてください。それが正義です。
皆さんをお助けしたのです、この私が。一人の女が守ることの出来る
最も良いものを、私は犠牲に捧げました。
この額を染める赤らみも、この心の恥じらいも、
全てをです。少女としての威厳を私は捧げ、
あなた方からの尊敬を失い、身内を引き渡したのです。
彼を私にお渡しください、そうでなければ、彼の体と一緒に縛り、
彼とともに私を投げてください、私たちが一緒になって
死ぬことのできるように。私が卑劣な女とお思いですか?
哀れみを! 彼を私にお与えください、彼が私の魂を奪ったのです!

兵士、右手の扉を開きながら
捕虜であります。
ベルトラン・デュ・ゲクラン入場、手を背中で縛られ、両側を衛兵に囲まれた一人の捕虜を従えて。

デュ・ゲクラン
        これがイギリス人、ゴーチエ・ロマです。

公爵夫人、デュ・ゲクランに
ありがとう、彼がベルトラン・デュ・ゲクランから
逃げられないと分かっていましたわ。

デュ・ゲクラン
                 彼の跡を追ったのです。
低い扉の陰に隠れているのを知っていました。
約束の時の鐘が鳴るやいなや、
狼を捕えるように、彼を捕まえたまでであります。

公爵夫人、伯爵に
彼は私の捕虜ですわ。私のとあなたのを交換しようじゃありませんか。
ヴァルドローズ、ついで、ゴーチエ・ロマを指し示す。
この者は私のものです。伯爵、こちらがあなたのもの。

伯爵、恐ろしい顔でゴーチエ・ロマの前に立ち
ああ! 我々はこんなにも醜い陰謀を企んだ
一人の騎士の仕業であるが、イギリス人にこそ相応しい。
堂々たる戦いは、卑しく隠密の策略にはかなわない、
女の愛情は、剣よりも軽い武器だが、
お前の成功のうちでもっとも優れたものであった。
怒りの身振りで窓を指し
お前は沼へ行くがいい、裁判もなしだ。
ボワロゼとケルルヴァン、捕虜を捕らえ、窓の方へ連れて行く。

公爵夫人、跪いたヴァルドローズの方へ進み、彼は彼女の掌に口づける。
この子には許しを、伯爵様。

伯爵
             その者を許す。
水に落ちたゴーチエ・ロマの上げる音が聞こえる。伯爵は振り返り、それから寝台の方へ駆け寄り、妻の体を掴み、イギリス人を投げ出した窓へと、彼女を運び、投げ落とす。

伯爵、窓から外に向かって叫ぶ
さあ、受け取るがいい。裏切り者め。お前にこの女をくれてやる!


『リュヌ伯爵夫人の裏切り』(1877年)
La Trahison de la comtesse de Rhune (1877), dans Théâtre, éd. Noëlle Benhamou, Éditions du Sandre, 2011, p. 387-448.








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